大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)1725号 判決 1960年2月10日

控訴人(原告) 筒井多嘉磨

被控訴人(被告) 大平製紙株式会社

主文

原判決を取消す。

控訴人と被控訴人との間に雇用関係が存在することを確認する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、次に記載する事項の外、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

第一、控訴人の主張

一、控訴人は、かりに、労働協約の適用を受ける従業員でないとしても、被控訴会社の就業規則の適用を受ける従業員である。すなわち、同規則第三条に、工場長、部長、課長等の非組合員についての規定を包含しているところからみて、当然全従業員に適用があるものと認めねばならない。同第五条の従業員の採用について、同条(三)特殊技能を有する者、(四)その他経営上必要な者のいずれかに控訴人は該当するのであるから、当然該就業規則の適用を受ける者と解せねばならない。従つて、同規則第一八条の規定にもとずいて解雇せねばならないのであるが、被控訴会社が控訴人を解雇するについて、同条の条件は具備していない。従つて、本件解雇は就業規則に違反するものであるから、無効である。

二、控訴会社がなした本件解雇が労働協約または就業規則の適用を受けない特別な雇用契約に基いていたものと仮定しても、本件解雇は無効である。その理由は、被控訴会社は昭和三一年八月九日控訴人に対し、労働基準法所定の三十日分の平均賃金にあたる解雇予告手当を提供して解雇の意思表示をしたと主張し、控訴人もその事実を認めている。しかし、被控訴会社は、右解雇の意思表示をした八月分の給料を支払つて居らず、またその前月の七月分の給料さえ支払つて居らないのである。従つて、三十日分の平均賃金相当額の提供をしても、それは解雇予告手当としての効力がないのである。従つて、本件解雇の意思表示はその効力を発生するに由がない。

三、控訴人と被控訴会社との間には、原判決の判示するとおり、特許についての契約はなかつたのであるが、もし特許についての取り決めがあつたと仮定しても、なお且特許法第一四条第三項により、控訴人は相当の補償金を受ける権利がある筈である。しからば、本件特許については、被控訴会社が控訴人に補償金を支給して、会社名義または共同名義に変更すれば、少なくとも特許についての紛争は消滅した筈である。しかるに、被控訴会社はその方法を採らないで特許法に反する違法な主張を、控訴人に対してなし、控訴人が反対意見を述べたことを盾にとつて解雇の意思表示をしているのであつて、解雇権の濫用であることは明瞭である。

第二、被控訴人の主張

一、控訴人が被控訴会社の王子工場において、塗料の製法の改良等の研究に従事していたのは、雇用契約によるのではなく、委任契約によるものである。従つて就業規則の適用はないというべきである。

かりに、控訴人と被控訴人との間の契約関係が雇傭であり、従つて一般従業員と同様に就業規則の適用を受けるとしても、控訴人の行為は就業規則第五七条第三号、第五号、第一三号により懲戒解雇に価するものであるところ、かかる事由があるときは同第一八条第五号にも該当するものとして解雇しうるものというべきである。

二、被控訴人が控訴人に対し、昭和三一年七月分及び八月分の給料を支払つていない事実はこれを認めるが、これがため被控訴人のなした本件解雇の意思表示が無効であるとの控訴人の主張は否認する。

三、本件解雇が解雇権の濫用であるとの控訴人の主張は、その理由がない。

当事者双方の証拠の提出、採用、認否は、新たに、控訴人が甲第六号証を提出し、被控訴人において右甲号証の成立を認めた外、原判決記載のとおりである。

理由

控訴人が昭和二六年六月二一日洋紙、板紙および和紙の製造、販売を営業目的とする被控訴会社の嘱託となり、昭和三一年六月まで被控訴会社王子工場において右嘱託の事務に従つていたことは、当事者間に争がなく、控訴人と被控訴会社間の右嘱託契約の内容並びに右契約はいわゆる雇傭契約で、被控訴人主張の如き委任契約でないことは、原判決がその理由において説示するとおりである。

被控訴人は、昭和三一年六月一〇日頃控訴人との右雇傭契約を合意解除したと主張するが、その主張の採用しうべからざることは、原判決理由の説明するとおりであつて、当裁判所もこれと判断を同じくする。

被控訴人が控訴人に対し、昭和三一年六月一〇日頃解雇の通告をし、更に同年八月九日労働基準法所定の解雇予告手当を提供して解雇の通告をしたことは、当事者間に争がない。

控訴人は、右解雇は、被控訴会社王子工場労働組合との間に締結されていた労働協約に定められている解雇事由のいずれにも、控訴人が該当しないのになされたものであるから無効であると主張するけれども、控訴人は右労働協約の適用を受くべき労働者といい得ないことは、原判決の理由の示すとおりであるから、この点に関する原判決の理由を引用する。従つて労働協約違反の理由をもつて、右解雇が無効であるとの控訴人の主張は、これを採用することができない。

控訴人は、控訴人が仮に労働協約の適用を受ける従業員でないとしても、被控訴会社の就業規則の適用を受ける従業員であるのに、控訴人は同規則に定める解雇事由に該当しないのにかかわらず解雇した違法があるから、無効の解雇であると主張する。よつて、以下この点について考える。

成立に争のない甲第六号証(被控訴会社の就業規則)によれば、その第一条に、従業員は日常誠意をもつてこの就業規則を遵守しなければならない旨定めており、右従業員の定義範囲について特に規定してはいないし、控訴人の如く嘱託名義で被控訴会社の事業に従事する者を右規則の適用から除外すべき規定も、また根拠も存しない(もつとも、具体的には、右就業規則のすべてが控訴人の如き特殊の地位にある従業員に妥当するものとは、いい得ないけれども。)。被控訴人は、控訴人と被控訴人との間の契約関係は雇傭ではなく、委任であるから、控訴人について右就業規則の適用はないと主張するけれども、両者間の契約関係が委任ではなく雇傭であることは、さきに認定したとおりであるから、被控訴人の右主張は、これを採用することができない。

而して、右甲第六号証によれば、その第一八条に「従業員は左の一に該当するときは、一ケ月前に予告するか又は一ケ月分の平均賃金を支給して解雇する。但し、予告期間は一日について平均賃金を支払つた場合、その日数を短縮することができる。一、精神病又は不具廃疾により職務をとるに堪えられなくなつたとき。二、事業の整備縮少その他の事情により止むを得ず人員整理の必要を生じたるとき。但しこの場合は左の順位による。

1、退職希望者、2、勤務成績不良なる者、3、新任順位。三、勤務成績著しく悪く改悛の見込みがないと認めた場合。四、技能劣悪の者。五、その他前各号に準ずる場合。」の条項がある。右条項は、労働基準法第二〇条第一項所定の解雇予告をする場合、または解雇予告手当を提供して解雇をする場合につき解雇事由を限定するために設けられた趣旨のものであると解すべきであるから、被控訴会社は解雇につき右条項の制約を受くべきことはいうまでもなく、右事由がないのに解雇することは許されないものといわなければならない。

ところで、原審証人山辺良美、同遠藤乙弥、同大高留雄の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果(ただし後記採用しない部分を除く)を綜合すれば、控訴人は昭和三一年四・五月頃被控訴会社常務取締役大高留雄に対し、控訴人が被控訴会社の嘱託としていた丹頂クロス用塗料は新規の発明であるから、会社で特許をとつたらどうかという話をしたところ、同常務から右塗料の研究は完成しているわけではなく、特許になると製法が公開され、同業者から一部の改良を加えられてそれ以上の製品を作られる虞があるから、被控訴会社としては特許出願を考えない旨の意見をいわれたので、その頃控訴人個人名義で右塗料について特許の出願をしたところ、被控訴会社は、被控訴会社が控訴人にその研究を委嘱して給与を支払い、その発明に関する原料、機械設備等を提供し、かつ、補助員の費用をも負担しているので、右特許をうける権利は被控訴会社に帰属すべきものであると考え、また被控訴会社では従前から従業員の職務上した発明は会社と共同で特許出願をする例であるとして、控訴人が被控訴会社に何の連絡もなく、控訴人個人名義で特許の出願をしたことを非難して、控訴人に当初は右個人申請を取り下げるように、後には控訴人被控訴人の共同出願に直すように話したが、控訴人は特許をうけてから対価を得て被控訴会社に譲るとか、製品について特許の使用料を受けたいという態度をとり、併せて、従業員の職務上した発明に関する規定を設けるよう要望し、被控訴会社は内規である褒賞規定を適用してもよいという意見をも述べたが、結局控訴人の特許出願に関する意見の一致を見ず、昭和三一年六月一一日遠藤王子工場長は控訴人に対し最終的に被控訴人の意見である控訴人被控訴人間の共同の特許出願にするよう要求したが、控訴人において結局これを拒否したので、それでは会社をやめて貰うより仕方がないといつて分れ、控訴人は自己の研究資料をすべて持ち帰つてその後は出社しなかつたことが認められ、右認定に反する控訴人本人の原審における供述はこれを採用できない。被控訴人は、控訴人被控訴人間の契約上、控訴人が被控訴人の職務上した発明に関し特許を受ける権利が被控訴人に移転する旨の取り決めがあつた旨主張するけれども、これを認めるべき証拠は存しない。

被控訴人は、控訴人の右所為は就業規則に定める解雇条項に該当する旨主張するけれども、控訴人の右所為が就業規則所定の前記解雇基準のいずれかに該当するものとは解することができない。従つて、被控訴人のなした本件解雇の意思表示は前記就業規則第一八条に違反する無効のものといわざるを得ない。

果してしからば、控訴人と被控訴人間の雇傭関係は解消せず、依然として存続しているのであるから、その存在確認を求める控訴人の本訴請求は、爾余の争点に関する判断をなすまでもなく正当であるから、これを認容すべく、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊池庚子三 吉田良正)

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